ずんべら坊&のっぺらぼう
ずんべら坊&のっぺらぼう
ぼう、の部分しか被っていないが、呼び方が違うだけでどちらもお馴染みの「目鼻口の無いツルンとした顔の妖怪」である。
実は思いの外史料の少ないこの妖怪だが、ここまで有名になったのは間違いなく小泉八雲の「貉(むじな)」の功績だと思う。
(小泉八雲は、知る人ぞ知るギリシャ人。いや、後年日本で国籍を取得したから、日本人と言うべきか。とにかく、多くの妖怪に関わる怪談などを書いた人物。ラフカディオ・ハーンとも)
で、のっぺらぼうもずんべら坊も「再度の怪」と呼ばれる怪談のパターンに沿った話で、場所や人は似通っているのでここでは小泉八雲の「貉」を簡単に書く。
この「お約束」とも言える再度の怪のパターンは知っておいて損はない。多くの漫画、小説、映画、アニメでも使われているし、ユーモラスながら不気味さも併せ持っていてなんだかおもしろい。
以下貉の大体の話。
――東京に赤坂へと続く紀国坂という坂道がある。その一帯は夜になると不気味だし、徒歩で通る者は皆あえて遠回りをした。
それはなぜかと言うと、実は貉が出るからである。
貉を見た最後の人は、約三十年前に死んだ老いた商人だった。
その商人が語った所によると――
その商人がある晩の遅い時間、紀国坂を急いで登っていると、一人で蹲り泣いている女性を見つけた。
自殺でもしようとしてるんじゃねぇか?
と心配になった商人はその女性に声をかけた。
「お女中、何か困っているのなら助けになりますよ?」
しかし女性は長い袖に顔を隠したまま、泣き続けるばかり。
「ほら元気出して。こんな危ない所、お女中が一人でいていいような場所じゃありませんよぅ。私に何かできることがあればしますから、どうか言って下さい。お女中」
するとお女中なる者はゆっくりと立ち上がり、商人の方を見た。
そして袖で顔を隠し、撫でるように袖をどけた。すると――目も鼻も口も無い顔がそこにはあった。
商人は「きゃぁ!」と叫び声をあげて一目散に逃げ出した。
真っ暗でどこを走っているのかもわからないような暗闇をただただ突き進むと、遥か遠くに提灯の明かりが見えた。
「助かった……」と商人はその提灯目掛けて更に走った。
その提灯の明かりは、道端の屋台の蕎麦屋のものだった。
なんでも構わない、とにかく化け物じゃなければなんでもいい。
そうして商人は蕎麦屋へ駆け込んだ。
「ちょ、どうしたんですお客さん、そんなに慌てちゃって。誰かにやられましたか?」
「いやいや、やられたんじゃない。そうじゃないんだけど、とにかく、もう……」
「脅かされたんですか? もしや盗賊とか泥棒に?」
「いやいや、盗賊泥棒じゃない。ただ……ただ女を見たんだ……そんでその女が私に見せたんだ……何を見せたかは……あぁ、思い出すだけで怖くっていけない」
「へぇ、もしかしてその見せたものっていうのは、こういうものでしたか?」
蕎麦屋はそう言いながら自分の顔を撫でた。
と、同時にその蕎麦屋の灯りも消えてしまった。
――というお話。
この「貉」でもそうだが、のっぺらぼうというのは必ず何らかの獣が化けたモノとして現れる。多くは狐狸の仕業になるし、ムジナもまた狸とほぼイコールとも言えるのだから(詳しくは日本が誇る化けの名手、狸(たぬき) を)例外ではない。
いつも小泉八雲の怪談を読んでると思うのだが、元は日本人じゃないのによくもまぁこんなに素晴らしい怪談を書いたものだ、と感心する。
小泉八雲の怪談等は青空文庫でいくらでもタダで読めるので、興味があればぜひ原文で読んでみて欲しい。
貉の他にも、「雪女」とか「ろくろ首」とか、みんなが知っている物語は多分この人の物語なんじゃないかと思う。