怪談に妖怪はいるのか? 牡丹灯籠
牡丹灯籠
過去に月岡芳年の『新形三十六怪撰』特集でさっと触れたのだが、その当時僕もよく知らない怪談だったので、この度落語を聞いたり読んだりしてきたので改めて紹介したい。
しかし牡丹灯籠を調べていたとき、「果たして妖怪はどこにいるのか?」という疑問にぶちあたった。
有名な怪談の多くは、妖怪(ばけもの)を怖がらせる主においているわけではなく、本当に怖いのは「人」である。
そこらへんを踏まえながら、妖怪がどこに潜んでいるのか、牡丹灯籠の噺を追いながら考えてみたいと思う。
月岡芳年『新形三十六怪撰』より「ほたむとうろう」
牡丹灯籠は長編怪談で、バリエーションも豊富、さらには登場人物も多く入り組んでおり文字だけだとわかりにくい(というかうまく書けそうにない)ので、ざっくり大筋だけファンキーに紹介したいと思う。
旗本、飯島平左衛門(いいじまへいざえもん)。
平左衛門には一人娘のお露(おつゆ)という娘がおり、最高に美人で器量もよい、文句なしの娘だった。
しかしその後平左衛門には子供ができず、さらには妻が早々にこの世を去ってしまい寂しい想いをしていた。
ほどなくして付き人として仕えていたお国(おくに)という女性に平左衛門は手を出すようになり、お国も欲深かったのか、妾であるにも関わらず屋敷でデカイ顔をするようになった。
となると一人娘のお露としては気に食わない。
次第にお国とお露は互いを罵り合い平左衛門に告げ口をし合い、平左衛門もちょっとメンドクセェと思い始め、お米(およね)という女中を付けてお露には柳島辺りに寮を買い、そこに別居させることにした。
ところ変わって――根津の清水谷にて、田畑や貸長屋の上がりで生計を立てている萩原新三郎(はぎわらしんざぶろう)という美男子がいた。
しかしこの新三郎、今でいう大層な引きこもりで、まぁ外に出ようとしない。
それを見かねた医師の山本志丈(やまもとしじょう)が、ある日新三郎を訪ね、
「新三郎さんや。ちょっと引きこもってばかりいないで、たまには梅見にでも出かけましょうな。その帰りにちょっと私もお世話になっている、飯島様の別荘にでも立ち寄りましょう。
新三郎さんは全く色にも興味はなさそうですし婦女子と喋るような機会もなさそうに見えますが、飯島の別荘にはそれはそれは美人な娘がおりますし、男の楽しみなんてものは女性と喋くることぐらいしかありますまい。
それに梅なんか見たところで動きも喋りもしませんが、婦女子はしっかり動くし喋ってくれる。私なんかは生来スケベですから、余程女性と話しているほうが楽しい。まぁまぁともかく、ちょっと一緒に出掛けましょうや」
強引に山本に連れ出された新三郎は、渋々梅見へと出かけ、帰りに飯島の別荘へと立ち寄った。
女中のお米が迎えてくれて、新三郎はお露と初めて顔を合わせるのだが、お露は新三郎の顔を見るなり顔が真っ赤になり、一目で惚れてしまった。
大した会話もせぬままに新三郎は帰ろうとするが、その帰り際、あまりにも大好き大好きラブラブラブになってしまったお露は、
「きっとまた来てくださいませ。でないとわたくし、死んでしまいそうです」
などと胸キュンな言葉を新三郎に投げかけた。
新三郎も、そんな言葉を投げかけられまんざらでもなくなり、いつの間にか露のことが頭から離れないほどに大好き大好きになってしまった。
しかし。
なんと、お露は本当に恋い焦がれて好きすぎるあまりに死んでしまった。さらに女中のお米も、後を追うように死んでしまったのだという。
山本からそれを聞かされた新三郎は、大層ショックでふさぎ込んでしまった。
ところがある夜。
カランコロンと下駄を転がす音が近づいてくる。新三郎は目を覚まし、張っていた蚊帳の網目から道に目を凝らすと、お米とお露のような人物が歩いてくるのが見えた。
お米は手にちりめん細工の牡丹灯籠を持ち、静かにお露を引き連れて歩いている。
「ちょ! あなたはお露さんとお米さん! ついこの前亡くなってしまったという話を聞きましたが……」
「私とお露が死んだって? 誰だいそんな縁起の悪いことをいうやつは。それより新三郎さん、こっちこそあんたが死んだって聞かされてたんだよぅ」
「何を馬鹿な! いやぁ、とにかく本当によかった。どうぞどうぞおあがりください。積もる話もあります故――」
何も語らぬお露だったが、新三郎を見る目は輝き、嬉しそうに終始微笑んでいた。
それからというもの、毎夜お米とお露は新三郎の元へ通うようになった。
新三郎は幸せな時間を過ごしていたし、お露もお米も嬉しそうだった。
ある夜。
新三郎の世話をして生計を立てていた下働きの伴蔵(ともぞう)という男が、主人、新三郎の住まいから女の声がするのに気付いた。
はてあの新三郎様が女など連れ込むものだろうか? と訝しんだ伴蔵は、こっそりと新三郎の家を覗き込んだ。
仰天。なんと新三郎が骸骨と話をしているではないか。腰を抜かした伴蔵は逃げ帰り、翌日新三郎の元を訪れた。
「新三郎様。非常に申し上げにくぃことでやすがね……。昨晩、誰と話し込んでたんで?」
「むむ? 貴様覗いたのか! まぁいい。いいじゃないか。俺だって若い男なのだ。あれは俺の惚れている想い人、お露という娘だ」
「ほぅ、お露様で。え? お露? それってまさか飯島様ンとこの……」
「そうだ。頼むから黙っておいてくれよ」
「いえいえ、そういう話じゃねぇんで。旦那、本当にお露様と?」
「お米殿も一緒だ。覗いたのだろう? 何も早々にちょめちょめしようなんて思ってはおらんわ。ほんのひと時、会話を楽しんでいるのだ」
「旦那……。もしかしたらあっしが見たのは夢まぼろしの類かもしんねぇ。でもですね、あっしが見たのは――ガイコツと話す旦那様でやしたぜ」
新三郎は――信じなかった。それどころか怒り狂い、失礼な事をぬかすな、減給しちゃうぞ、最低賃金で酷使しちゃうぞ、とまくし立てた。
しかし、数日して新三郎はお露が死んでいるという事実を信頼できる筋から聞き、愕然とした。
新三郎は一転して死相のありありと出た顔で伴蔵の家を訪ねた。
「伴蔵よ……俺は一体どうしたらいい?」
その頃。
飯島平左衛門には不幸が重なっていた。
お露と仲違いばかりだったお国が、隣の家の次男坊、源次郎という男と浮気していることを知ったのだ。
しかしお国は謝るどころか逆に平左衛門のせいにし、なじるののしる罵倒する。
それで終われば良かったのだが、なんとお国は源次郎と共謀し、平左衛門を殺してしまった。
そしてお国と源次郎は、平左衛門の財産を奪い二人で逃げることにする。
二人を見送るように、牡丹灯籠のような淡い光を放つ蛍が、ふわふわと飛んでいたのだという。
さて新三郎。
新三郎は、伴蔵が紹介してくれた徳の高い僧の教えに従い、あらゆる窓に魔除けの札を張り、更に僧にもらった金色の海音如来の像を祀り、念仏を唱えて夜を越した。
毎晩毎晩、お米とお露はやってくる。
そして魔除けの札の効力で中に入れないのを知り、罵声を浴びせる。
「なぜじゃ新三郎殿! お露も悲しんでおるぞ! 札を剥がせ! 中へ入れろォォ!」
またある夜。伴蔵の家で、妻のお峰(おみね)が伴蔵が誰かと話しているのに気づき、一体誰と話していたのか? と問い詰めた。
すると伴蔵は、今までの新三郎宅で起きた事件の事をお峰に話し、さらに最近お米の幽霊が伴蔵の元へ現われ、札を剥がしてくれとお願いしに来るのだ、と打ち明けた。
お峰もどうやらなかなかの強欲だったようで、
「なら、その幽霊達に逆に交渉してやればいいのサ。百両持ってくれば札を剥がしてやる、って、次に来たらお言いよ」
「え? マジすか」
「それで新三郎様がどうなったってあたしらには関係ありゃしないよ。もうこんな貧しい生活もイヤだろう? いいじゃないか、そろそろ良い目見たって。あの金色の像、あれも金になりそうだし、ウチのオンボロ仏像とすり替えといで」
数日後。
伴蔵とお峰の家には、しっかりと百両が届けられた。もちろん約束通り、新三郎の家の札はすべて伴蔵が剥がした。
伴蔵が新三郎の姿を見かけないので家を訪ねてみると――。
恍惚の表情で息絶える新三郎と、その周りに散らばる無数の骨が見つかった。
流石に恐れを成した伴蔵とお峰の夫婦は、金色の海音如来像と百両を手に、遠くへ逃げることにした。
ここでもやはり、蛍の光が二人を見送っていた。
一年後。
伴蔵とお峰は、故郷に帰り、そこで百両を元手に、「関口屋」という名の荒物屋(今でいう生活雑貨店みたいなの)を営んでいた。
また、平左衛門を殺して逃げたお国と源次郎も、なんの因果か同じ地に逃げ隠れ、関口屋の近くの料理屋で働いていた。
そのうち伴蔵はお国と知り合い関係をもってしまう。
浮気が原因で口論になった伴蔵とお峰だったが、なんとかやり直すことになり、また違い地を訪ねて出立することになった。
その道中、伴蔵は埋めておいた海音如来像を掘り起こそう、とお峰に告げ、お峰に掘り起こす間の見張り番を頼むのだが、なんと背を向けたお峰に向かい刀を抜き、バッサリと切り殺してしまう。
すべてを独り占めしようとした伴蔵だったが、突如川から白い手首が伸びてきて、伴蔵を川へと引きずり込み、そのまま溺死させてしまった。
ここでもやはり、淡い光を放ちながら蛍が舞っていたのだという。
さて大分端折ったが、大体このようなお話。後半、二組のカップルが出会ってからもかなり長いのだが、ここでは短く紹介しちゃっている。
実はほかにも登場人物が何人もおり、それぞれが因果に囚われ翻弄されることになる。
この記事内ではお国と源次郎が消火不良だが、これも結局は不幸な最期を迎えることになっている。
因果応報、勧善懲悪。
さてでは妖怪はどこにいたのか?
幽霊として出てきたお米とお露は、確かに妖怪じみていたかも知れない。
また、全体に付きまとう、まるで憑き物のような不幸の連鎖、因果も、妖怪的と言えなくもないだろう。
しかしそれ以上に、よくわからない、漠然としていて、恐ろしく、おぞましいものがたくさん出てきている。
人間の業、人間の欲。
人の中にある暗い部分こそが、この牡丹灯籠での妖怪なんじゃないだろうか。