白容裔(しろうねり)
『百器徒然袋』より「白容裔」
白うるりは徒然のならいなるよし
この白うねりはふるき布巾のばけたるものなれども、外にならいもやはべると、夢のうちにおもひぬ
白容裔は、ボロ布が化けたとされる妖怪である。
石燕の解説文冒頭には、
「白うるりは徒然のならいなるよし」
とあり、この白容裔も徒然草からヒントを得て創作された妖怪であることがわかる。
その石燕がヒントを得たとされる「白うるり」なるものを探すと、徒然草第六十段に「しろうるり」という名前が出てくる。
以下、徒然草六十段の一部↓
――この僧都、ある法師を見て、「しろうるり」といふ名をつけたりけり。「とは、何ものぞ」と、人の問ひければ、「さる者を我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞいひける
徒然草第六十段は、僧都(そうず)という名の僧がいかに素晴らしいかが書かれている段であり、この僧都という男は芋頭(里芋の塊茎のこと)が大の好物で、そればかりを食べているエピソードなどが書かれている。
そしてこの「しろうるり」という名前は、まるでエピソードの前後と関係無く、唐突に段の真ん中らへんに出てくる逸話である。
簡単に訳せば、
僧都、ある法師を見てしろうるり、という名前を付けた。「それって何者?」と人が聞いても「俺もシラネ。もしそんなのがいるなら、きっとこの僧の顔に似てるんだろうね」と言った。
となり、なんだかよく解らない話になっている。
実はこの「しろうるり」に関しては、現代だけでなく江戸時代から様々な説が説かれ、みんなを困らせてきた徒然草における大きな謎の一つでもある。
そんな謎多きしろうるりを、ボロ布の妖怪にしてしまったのが石燕である。
なぜボロ布の妖怪となったのか? なぜ白容裔と微妙に違う名前になったのか?
など、石燕の描いた妖怪にも多くの謎が残る。
まるで謎解きみたいな白容裔。石燕やりよる。