一目置かれる一目連(いちもくれん)
一目連(いちもくれん)
キュリサン様より「一目連」
一目連。少し妖怪を知っている方であれば、真っ先に水木先生の目一つの絵を思い出すのではないだろうか。
名前は有名なのにここまで紹介していなかったのにはワケがあり、これまたちょっとややこしい妖怪なのである。
例えば、今回も使わせていただいたキュリサンさんの↑の一目連。これを見て違和感を感じる方もいるはず。「角? 尻尾?」と。
しかし、実は水木先生の絵よりもキュリサンさんのこの絵の方が伝承上の一目連には近かったりする。ほんとに。
wikipediaで一目連を見ようとすると、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)へと飛ばされる。イコールということかも知れないが、ちゃんとwikiにも「一目連は、本来は片目の潰れた龍神」と書かれている。
そう、天目一箇神と一目連とは全く別の神である。
この辺がすごく難しくて混乱してしまったので、ならば直接聞きませう――ということで三重県は多度大社さんに直接問い合わせメールをしてみた。
するとご丁寧に返信を下さり、多度大社からの返信によると、
・多度大社にて祀っている神はあくまでも『古事記』や『日本書紀』に出てくる天津彦根命や天目一箇神であり、一目連ではない。
・一目連神社、という別宮の名前の由来は諸説ある。作金者の職業病でふいごを日々操ることから一つ目になってしまう方が多く見受けられ、その点よりこの神社名がつけられた説や、天候を支配する神でもあることから、台風の眼が1つ目である事よりこの神社名がつけられた――などなど。
そして最後に少しだけ笑ってしまったのが、
多度大社はあくまでも神社神道の神様を祀っており、妖怪を祀っているわけではありません。
とのこと。
勘違いさせるような文面を書いてしまったのだろうか。それとも妖怪図鑑の管理人と伝えたからなのだろうか。とにかく最後にふふっとなってしまった。
重々承知しております。申し訳ない。
ただ、その返答を踏まえて調べてみても、どの時点で一目連(龍神)と天目一箇神とが同一視され(或いは習合され)たのかはわからなかった。
多度大社の起源は多度山を神山として建立されており、きっとその時代の人にでもインタビューできれば答えは見つかるのかも知れない。
「あぁ~、一目連は多度の神さんの御一人じゃぁ」
とかね。
しかしまた山岳信仰などが絡み始めると僕の小さな脳がNOと言い出すのでさらに深層へ潜るのはまたいつか。
――で。
龍神一目連はそもそもどんな妖怪? という疑問も浮かぶわけだが、僕が持っている資料では柳田國男の本にある「山崩れが起きた時に、熊手で片目をひっかいてしまい片目の潰れた龍」という情報しかわからなかった。
ただ、古くから天候を司る片目の龍として祀られていたという情報は少なからずあった。
他には、水木先生の本には「多度明神の戸も無き宮から突如現れる」と、明確に多度大社と妖怪としての一目連との関係が書かれていた。
(ただ、多度大社では「天目一箇神がその御稜威を発揚される時の為に御扉が昔から無い」と説明している。一目連が、とは言ってないということ)
真相は闇の中。或いは大社の中。
とにかくやっぱり日本の妖怪は奥が深くてややこしい。
とりあえずこれからは一目連には一目置いて接していきたいと思う。ただの暴風一つ目妖怪じゃなかったのだ。
最後に――
わざわざ妖怪バカの問いに丁寧に返信してくださった多度大社へ感謝。