些細な言葉も立派な「呪い」になると思うんだ 『月百姿』より「月のものくるひ 文ひろげ」
「月のものくるひ 文ひろげ」
数年前に働いていた職場で、僕を凄く良く面倒見てくれた年配の女性がいた。
数年間勤めて、辞める事になった際、その人は僕にこう言った。
「あんたのこと絶対許さないから」
特に仲違いしていたわけでも無かったけれど、辞めることが決まってからは申し訳なさからあまり話さなくなっていた。でも、最後にそれはいくらなんでも酷いんじゃないか……と思い、何度も「何を許さないっていうわけ?」と聞いた。
が、教えてくれなかった。
「自分の胸に聞いてみな」
とその人は言った。
だから僕の胸に聞いてみたのだが、心当たりはほんの8つぐらいなもの。
その8つ全てについて謝ったのだが、「そんなんじゃない!」と一蹴。
そしてその人とはかれこれ5年近く会っていない。
たまに、その人の事を思い出すと、最後に言われた言葉がまるで呪いのように僕を縛り、混乱させた。
いや、まるで呪いのように――ではなく、それはまさしく「呪い」として機能していたんだと思う。
――そして、今月末にその人と飲みに行くことになった。
勿論その人が誘ってきたわけでも無く、たまたまその職場の元仲間が僕を誘い、そしてたまたまその人も珍しく来るというのだ。
今こそその呪いを解こう、と僕は思っている。
そんなこんなで今宵紹介する芳年の一枚は、「月のものくるひ 文ひろげ」である。
呪いの絵では無いが、この描かれている女性は恋人の死を知り、恋人から貰った手紙(文)を手に街を練り歩き、最後には気が狂って自殺してしまったのだという。
「愛しておりますりまする候」とか、「貴女が恋しゅうて恋しゅうてもうたまりませぬのでござりま候」とか、そんな言葉が書かれていたのかも知れない。
でもそれも全て、書いた本人が死ぬことによって「呪い」の言葉へと変わってしまったのだ。
愛してると書いてあればあるだけ、恋しいと書いてあればあるだけ、この女性を縛り、苦しめる呪いへと変わってしまったのだ。
ただの言葉も時に呪いとなり、その呪いは人を殺す。
つまり、ただの言葉も時に人を殺すのである。