小豆洗い(あずきあらい)
小豆洗い
『絵本百物語』より「小豆洗い」
大分県に伝わる伝承の「小豆洗おか、人とって食おか」でお馴染みの小豆を洗う妖怪。全国各地に伝承が伝わっている。
山梨県では古い橋の下によく現れたと云われ、正体は貉ではないか、と甲府の人々は考えていたようだ。
また東北には「貧乏な百姓の嫁取りのとき」に現れた――という伝承もある。この東北の小豆洗いは赤飯をくれるイイヤツ。
意外と知られていないのが、出没する場所は川や水辺が主であるということ。町でうっかり小豆洗いに遭遇するようなケースは稀なので安心していい。
大分の伝承には「人を食う」とあるが、基本的には姿も現さない音だけの妖怪である。
川、水辺に限られ、音だけの場合が多いことから、科学的な正体はその辺りにありそうであるが、科学で解明してしまっては妖怪が沸けなくなるので解明されないで欲しいと願う。
言い伝えによる正体としては、イタチ、鳥の鳴き声、タヌキの化けた姿、カエル等と様々であり、やっぱりよく解っていない。
因みに、画像出典元の『絵本百物語』は、桃山人が文を書き、竹原春泉が絵を描いたが、桃山人の設定では小豆洗いは子供であったのにも関わらず、春泉が描いたらキモイおっさんになって出来上がった。実にセンスのある絵師である。
川に出かけた際には耳を澄ましてみれば、もしかしたら小豆洗いの音が聞ける……かも知れない。
現代での小豆洗い譚
深夜の川。花火をするために友人達とわざわざ人気の無い河原を選んで車でやってきたんです。
オレンジ色の明かりを点けて、僕たちはビールを飲み、普段見ることのない手の届きそうな星空を堪能していました。
深夜の河原というのは、少し明かりの届く範囲から外れただけで漆黒の闇。
本当に何も見えないのです。
一度、僕は用を足すために友人たちと離れたのですが、その時の暗さ、何も見えないことの恐怖は何とも言い表せないものでした。
待ちに待った花火。
僕たちは思い思いの花火を手に取り、順番などお構いなしに様々な種類の花火で遊びました。
人気の無い場所だからできる、キケンな遊びもしました。
花火を剣に見立てて斬り合いをしてみたり、ロケット花火で戦争ごっこをしてみたり。
しかし、そのせいである女の子に花火が見事に命中してしまいました。
女の子は悲鳴を上げ、みんなが一斉に女の子へと駆け寄りました。
当然その場はシラケました。
腕の露出する服を着ていたその女の子は、右肩に火傷をしてしまったのです。
最初はミネラルウォーターで冷やしてあげていたのですが、友人の一人が、
「てか川なんだから川の水で冷やそうぜwww」
と言いました。
そりゃそうだ、と皆が頷き、その女の子を連れて川の音の聞こえる方へ。
広い河原だったので、川は見えない闇の向こう。
少し恐怖はあったものの、気にしない気にしない。懐中電灯はもちろん持ってました。
忘れもしません。
その時聞こえた、あの音。
シャク、シャク、シャク。
最初に気づいたのは火傷を負った女の子でした。
「ねぇ、あの音何?」
ただでさえ暗い河原。
そのような状況でそのような発言をされると何が起きるか。
皆、瞬時に冷たい何かで心臓を撫でられたような気持ちになったと思います。
少なくとも僕はそうでした。
シャク、シャク、シャク。
音はかなり大きく、明らかに対岸から聞こえてきました。
皆の視線がその方向へ向けられます。
しかし当然暗くて何も見えない。
それでも音はずっと続いている。
「何の音かな?」
誰かが言いました。わかるわけありません。それに、
「自然の中ではどんな音が鳴ったって不思議じゃない」
僕は確かそのようなことを言ったと思います。怖かったのです。
もういいだろう、とにかく冷やして戻ろう。
そう思っていた時、
「小豆……じゃない?」
と、火傷の女の子がつぶやきました。
どうして小豆に聞こえるのか? なぜ今小豆なんていう言葉を言う必要があったのか? この女はバカなのか?
僕は本当に怒りが込み上げてきました。
そう、誰もが記憶の奥底から、大して知りもしない妖怪のことを思い出してしまうきっかけになったのです。
「小豆洗いじゃないの?」
震える声で誰かが言いました。
小豆洗い。
その言葉が耳に届いた途端、その場の全員が凍りつきました。
そんなわけない。妖怪なんているわけない。
僕は半ばパニックになり、不安を打ち消すために懐中電灯を勢いよく対岸に向けました。全員が、固唾を飲んだ……と思います。
もちろん、そこには何もいない。対岸をしばらく照らしましたが、動物一匹いやしない。ほら、何が小豆洗いだ。
ほら、戻ろう。
そう言おうと思った時です。
シャク……
その音は僕らの背後から聞こえました。
さらに、
「おいてけ」
と擦れた老人のような声。
――そこからのことはあまり記憶が定かではありません。
とにかく、全員が発狂に近いパニック状態となり、走って走って、後片付けも何もせずにすぐに車で逃げたからです。
後日、その時のメンバーで話した際、確かに全員が「おいてけ」と言う言葉を聞いたと言いました。
そしてそれは老人のような声であったとも。
しかし今日までは特に誰かに災難があった等のことは起きていません。
何か大切な忘れ物をしてきたようなこともありません。
強いて言えば、飲みかけのビールぐらい。
メンバーの間では、「小豆洗いもビールが飲みたっかたんだ」ということになっています。
ただ、それ以降あの川へは誰も近づこうとはしなくなりました。
当然です。