無垢行縢(むくむかばき)
『百器徒然袋』より「無垢行縢」
赤沢山の露ときへし河津の三郎が行縢にやと、夢心に思ひぬ
無垢行縢は、「曽我兄弟の仇討物語」における曽我兄弟の父親、河津祐泰(かわづすけやす)が使用していた行縢の妖怪である。
行縢とは狩や馬に乗る際に使用されていた足を覆う布(または革)のことである。
曽我兄弟の仇討物語を知らないと、この行縢がどういうものか解らないので、ざっとめちゃくちゃ端折って曽我兄弟仇討物語を書いておく。
注:一杯名前出てきます。
――領地争いで揉める工藤祐経(くどうすけつね)と、伊東祐親(いとうすけちか)という人物がいた。
祐経は祐親を暗殺すべく、祐親が狩に出るのを見計らい刺客を送り込んだ。
しかしヘタレな刺客は矢を射誤り、同行していた河津祐泰を射殺してしまう(ここで死んじゃったのが曽我兄弟のお父さん)。
死んでしまった河津祐泰には息子がいた。河津祐泰の妻はその後曽我姓の男と再婚し、父を殺された息子達は仇討を胸に近い、それぞれ苦労の末育っていった。
兄は曾我姓をそのまま継ぎ、曾我祐成(そがすけなり)と名乗る。
父の死後約10年後、曾我兄弟の弟、曾我時致(そがときむね)は、源頼朝が箱根権現を参拝した際に随伴していたかのにっくき工藤を見かける。
「てめぇぇ!!」
と仇討しようと試みるが、
「まぁまぁ大人しくしなさいこのクソガキ。あれには色々事情があってだね……」
と逆に諭され、さらに「赤木柄の短刀」なる刀まで貰ってしまう。
それから更に10年後、源頼朝が富士山の裾野において超大規模な巻狩り(狩猟の祭りみたいなもの)を開催した。そこには兄弟のカタキ、工藤祐経の姿も。
兄弟はその時を待っていた。
「時致よ、巻狩りの最終日である今日、我ら兄弟の想いは報われる!」
「祐成兄ちゃん、ヤツに貰ったこの短刀で、父上の仇を討ちましょう!」
「仇討の時はいつか?」
「今でしょ!」
そうして兄弟は工藤の寝込みを襲い、工藤から貰った短刀で父の仇を討った。
――というものである。
興味深いのはその後の顛末で、兄はそのまま大立ち回りをした挙句討ち取られてしまうのだが、弟はなぜかそのまま頼朝を殺そうと寝所へ向かう。
この部分が大きな謎となっているようで、そもそもこの仇討自体が、頼朝暗殺未遂を隠す為の逸話なのでは? との説もあるぐらいである。
――話を戻して、そんな仇討物語のきっかけとなった曽我兄弟の父が付けていた行縢が、その悲しく哀れな父の無垢な最期から「無垢行縢」という妖怪になったのだということか。
因みに石燕の解説文にある「三郎」というのは河津祐泰の別名である。
仇討の是非はともかく、暗殺された父も息子達の起こした復讐とその武勇に、あの世で微笑んでいるのではなかろうか――なんて夢見がちな少女のようにおもひぬ。