妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

泥田坊(どろたぼう)

泥田坊

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『今昔百鬼拾遺』より「泥田坊」
 
むかし北国に翁あり
子孫のためにいさゝかの田地をかひ置て、寒暑風雨をさけず時々の耕作おこたらざりしに、この翁死してよりその子酒にふけりて農業を事とせず
はてにはこの田地を他人にうりあたへければ、夜な夜な目の一つあるくろきものいでゝ、田かへせかへせとのゝしりけり
これを泥田坊といふとぞ
 
みんな大好き泥田坊!
泥田坊は見た通りの田んぼに現れる妖怪。
石燕の解説文には、北国のじいちゃんが子孫に託した田んぼの逸話が書いてある。
それによれば、じいちゃんが託した田んぼを、孫は酒におぼれて農業なんかほとんどやらず、放置しまくった挙句に他人に売り飛ばしてしまったのだという。
するとそれ以降、夜な夜なその田んぼに妖怪「泥田坊」が現れるようになり、「田かえせ、田かえせ」と罵り続けたのだと言う。
 
泥田坊は適当にあしらわれた田んぼの神様か、はたまた死んだじいちゃんの怨念か、それは謎だが、とにかく恩に報いず適当やるとダメだよ! という意味が込められているのだろう。
 
関係無いが、今年の夏はビーチで半身を埋め、泥田坊ごっこするのが物凄く流行る気がする。
今年の夏は、ビーチで、半身を埋め、泥田坊ごっこするのが物凄く流行る。
 
ーー流行らせたいので二回言いました。
 
 

現代妖怪譚~泥田坊と少年の失踪~

新聞記者と農家の男の会話(録音書き起こし)



記者(以下、記)「最近この地域で多発している少年の失踪事件について少しお話を伺いたいのですが……あの、お時間、大丈夫でしょうか?」

農家の男(以下、農)「暇そうに見えるか? えぇ? 仕事してんだ、あっちいけ」

記「失踪事件について、僅かでもなにかお話してくれると助かるんです。少しでいいですから」

農「何も知らん。本当だ。それだけだ」

記「数人の方にも聞いて回ったんです。それが……みな一様に何かを知っているような顔、だったのです。正直な私の感想ですよ。あ……(車の音)危ないな」

農「あのなぁ、お前らみたいなヤカラは、知らない方がいいこともあるんだ。知ってはいけないこともな」

記「それって……何かを隠してるってことですよね? なぜ隠すんですか? やましいことがあるからでは?」

農「……早く帰れ」

記「イヤです。あなたも仕事でしょうが、私もこれが仕事なんです。取材対象に嫌われても、なんとか情報を掴み、記事を書く。そういう仕事なんです」



――音声の途切れ――



記「本当にありがとうございます」

農「約束だぞ。金と……誰にも、どこにも公表しない。いいな?」

記「はい。お金は話を聞いた後にでもすぐに」

農「わかった。何が聞きたい? 金を貰う以上、なんでも答える。ただし……守れよ?」

記「えぇ、もちろんです。ここからは、私の純粋な好奇心を満たすのみにとどめます。では早速ですが……ここはあなたのご自宅ですか?」

農「あぁ。今日はおっかあもいねぇ。町まで野菜売りに行ってる」

記「やはり、生活は苦しいのですか?」

農「フン。都会のやつに言われるとムカツクね。お前らのワガママや、災害や、中国のせいで、こっちは商売あがったりだ。真剣に愛情込めて野菜作ってる俺らが、貧弱でクソ程度の栄養も無いようなやっすい野菜のせいでバカみたい売れない。不作で、値段も不相応に上がって、さらに放射能ときた。笑えねぇよ。首くくれって言われてるようなもんだ」

記「それは……まぁ……。もしかして……今回の事件とも少なからず関係しているのでしょうか?」

農「……してるね」

記「どのように?」

農「……なぁ。俺ぁちゃんと全部話すぜ。お前が信じようが関係無しにだ。それでいいな?」

記「えぇ。そういう条件で支払う謝礼です」

農「わかった。今回の失踪事件はな……いや……失踪したガキどもはな、みぃんな、農家の田んぼや畑で育ってきたクセに、田んぼをバカにしやがったんだ。それが共通点だ」

記「田んぼをバカにする……ですか? バカにすると、失踪しちゃうんですか?」

農「有体に言えば、その通りだ」

記「それはつまり……例えば、誰かが怒るから、とかなのでしょうか?」

農「それも、当たってる」

記「あのですね、濁さず言っていただけないでしょうか?」

農「じゃあ言うぜ。妖怪だ」

記「妖怪……と言いましたか?」

農「あぁ。妖怪だ」

記「何が、妖怪なんですか?」

農「だから、ガキどもを攫ったのが妖怪なんだ。泥田坊っつってな、この辺りじゃ有名だ。有名だが、見た者は当然いなかった。なんせ妖怪だからな」

記「まだ殺人鬼だの変質者だのの方が説得力あります」

農「そりゃそうさ。俺らだってそうだ。でも……見ちまった。それも大勢がな」

記「妖怪を? 泥……なんとかを?」

農「泥田坊、だ」

記「状況はどんなでした?」

農「消えちまったガキどもは、ここいらでは有名な不良グループだ。田んぼや畑のモノ盗んだり、荒らしたりしやがる。で、一人が失踪したんだな。それを俺達農家の人間がやったとガキどもは思い込みやがった」

記「少年たちは、失踪事件はあなた達によって引き起こされたと思い込んだ……ということですね?」

農「そう言っただろぉが。……あれは、四月の肌寒い夜だったな。そのガキどもの内の、特に悪さを良くする二人が、農家の人間の家に石投げて回ったんだ。ダチを返せ、とかなんとか叫びながらな。俺達は怒り狂って家を飛び出た。ガキだからって何したっていいわけねぇ」

記「あなただけが、飛び出したんですか?」

農「いや。他にも十人ぐらいいたな。他の農家の仲間さ。……それで、逃げるガキどもを必死に追いかけた。けど所詮は俺達中年の体力と足じゃあ追いつけねぇ。憎たらしい……ガキ二人は、田んぼに向かって立小便しながら挑発してきやがった。俺達は懐中電灯でガキどもを照らし、息を切らしてみんなへたばってた」

記「なかなかの悪ガキですね……」

農「あぁ。でもな……その時だ。ガキ二人が何やら田んぼの方を指差してわぁわぁ叫びだした。しかも俺達に助けを求めるような顔でな。でもやつら、小便してたもんだからすぐに動けなくなってやがった。なんだかわからねぇがざまぁみろ……なんて俺達も笑ってた。んでな、誰かが懐中電灯を田んぼの方に向けたんだ。そしたら……そりゃもう……たまげたね。田んぼの泥が盛り上がってな、こう、人の上半身みたくなって、ガキどもに近付いてくんだ。かなりデカかった。人間な、本当にたまげた時っていうのは、何もできねぇんだ。誰一人として、その場を動けなかった。全員が、泥田坊だ、ってわかってた。何しろ有名人だからな。でも、全員が見たことなんかなかった。妖怪なんてそんなもんだろ? 話は聞くが、見たことあるやつなんていねぇ。けど見ちまった。全員が全員、泥田坊の伝承をすぐに思い出してたんだ」

記「全員が……ですよね?」

農「あぁ。全員だ。そしてだな、ガキには悪いが、誰も助けに行こうという考えすら起こさなかった。……だってよ……人間のカタチした泥がガキどもに迫ってくの見たって……わけがわからねぇだろ? 理解できねぇんだ」

記「少年たちは……どうなったんです?」

農「攫われた。見たまんまを言うなら、泥に呑み込まれた」

記「……泥に……」

農「俺達は話し合って、誰にも言わないよう約束し合った。言ったって信じちゃもらえないしな。それに……泥田坊って妖怪は、そんな悪さをするような妖怪じゃない」

記「……それはどういう意味です?」

農「戻ってくるさ。ガキどもは。だからお前らみたいなのが取材に来て、無駄に事態を大きくしてもらっちゃ困るんだよ。そういう言い伝えなんだ」

記「言い伝え……ですか」

農「……あぁ。……話は終わりだ。さぁ、金払え」

記「え? あ、はい、では――」



――音声の途切れ――



記「5月22日。少年達が全員無事で発見されたとの報。身体的外傷などは見当たらないものの、記憶が丸丸抜けている模様。変わった点として、少年達はみな一様に農業への興味を示しているとのこと。以上、報告終わり」