分裂という恐怖――桐一兵衛
桐一兵衛(きりいちべえ)
切れば物は二つになる。すごく当たり前のことだが、それを「モノ」に置き換えて考えるとこえーじゃないか! という感じで考えた人が新潟県にいたのだろう。
桐一兵衛は新潟県に伝わっている妖怪で、『加無波良夜譚』(かんばらよばなし)という越後方面の昔話を収集した書にその話がある。
それによると、源八という侍がお使いの途中で子供に出会い、源八を父親と勘違いしてなんとか抱かれようと迫って来たのだが、源八は「これは妖怪」と感じ取り斬り捨てた。
ところが斬ったはずの子供は斬られたそばから二人に増え、それを繰り返すうちに数えきれないほどの数になり、源八はとうとう逃げ出した。
しかし逃げきれず、ああもうダメだ、と思った瞬間、一番鶏の鳴き声がして、増えた子供達は跡形もなく消えてしまった。
源八がふと自分の刀を見てみると、鳴いたのは自分の刀に彫ってあった鶏の目貫だったそうな。めでたしめでたし。
みたい話。
桐一兵衛は他に斬一倍という名前でも伝わっており、言葉遊び的な妖怪でもあることがわかる。
全然関係ない感想なのだが、昔話などに出てくる人って妖気感じ過ぎだと思う。
別に自分を父親と勘違いして慕ってきたただの子供かも知れないのに、いきなり斬り捨てるんだから豪胆である。
多分、その陰には妖怪と間違えられて死んでいった無数の妖怪じゃない人々もいたんだろうと思う。
まぁとにかく、「あ、こいつは妖怪!」からの急襲は一つのパターンではある。
さて。
こういったバイバイン系妖怪というのはもちろん全国に伝わっている。
徳島では増えちゃう狸がいたりするし、長野・岐阜には同じような増える子供の話がある。
分裂してどんどん増えて行くというのは昔の人にも怖かったのだろうし、もしかしたら爆発的な人口増をその時代から危惧している人達もいたのかもしれない。
考えてみれば、斬ると増えるというのはものすごく怖いことだと思う。
例えば本当に憎いヤツがいて、どうにもならなくなっちゃって、悩みに悩んだ挙句殺してしまおうと思ったとする。
で、いざ勇気を出して斬りかかり、全てをリセットしようとしたら――増えるのである。
亡きものにしようとした憎い相手が、二人になるのだ。
なんという恐怖。神も仏もいやしない。いや、むしろいるからこその二重苦か。
さらに発狂しそうな心を抑えて冷静にその増えた二人を斬ろうとすれば、また増える。斬れば斬るだけ増えて行く。
そして最後には――
ドラえもんも真っ青(青いけど)。
尚、知っているとは思うが、ドラえもんのバイバインの話では、増えすぎたくりまんじゅうをどうにもできなくなり宇宙に送ってしまうという珍しくスッキリしないオチが付いている。
これは人類への警告であろうか。増えすぎた人類もまた、どうにもできずに最後は宇宙に行くことになるのだ! あぁおそろしきドラえもん。
一方の我が国日本は、昔話時代から増える子供を「おのれ妖怪!」と斬り捨ててきた報いで少子化になっている模様。