やさしいぼくらの空神様
空神(そらがみ)
空神は和歌山県に伝わる神隠しの一種と思われる妖怪である。
厨二心をくすぐる名前ではあるが、攫われたんじゃ笑えない。
空神伝説はこうである――
紀州は西牟婁郡(和歌山県上富町)に、万蔵という男が住んでいた。
ある日万蔵は、妻と些細なことで喧嘩してしまい、勢いで家を飛び出した。
すると家を出てすぐの道で、山伏のような恰好をした異形が万蔵を手招きしているのが見えた。
恐る恐る近づいてみると、「負われよ」と異形のモノは云った。
なんだかわけがわからないが、特に行く当てもないので、万蔵は言うとおりに異形の背に負われた。
するとどういうことか、その異形は地を離れ、空を飛び始めたのだ。
思いの外異形は親切で、わざわざ人形芝居をやっている上空で「もっと早い時間なら見せてやれたのに」などと万蔵に云った。
一方、万蔵家では妻を筆頭に家族総出で隣村まで足を延ばし万蔵を探していた。
そして三日後の事。
家の背後に聳える社の方から、ガサガサと音がした。
はて? と不審に思った妻が覗いてみると、そこにはぐでんぐでんに酔っぱらった万蔵が倒れていた。
万蔵が意識を取り戻してから、妻は「一体どこにいたの?」と聞いた。
すると万蔵は、「そればっかしは空神様との約束だから言えない。怒られちゃうんだ」とはぐらかした。
次に、「じゃあなぜ帰ってきたの?」と聞くと、「空神様がそろそろ帰れと言ったんだ」と万蔵は供述した。
最後に、「ではなぜ酔っぱらっていたの?」と聞くと、「七月十三日の夕刻、播州西宮で酒席があり、そこに参加させてもらったからだ」と答えた。
それだけ聞くと、万蔵はただ単に嘘を吐いているようにも聞こえる。
しかしそれ以降、畑仕事の途中に度々万蔵は空を見上げ、「あぁ! 空神様のお通りだ!」などと言って地面に畏まって祈ったのだという。
そして、誰が空を見上げても、万蔵以外の者に空神様は見えなかったのだと云う。
神隠し系の妖怪は、往々にして悲惨な結末が待っていることが多い。というか、まず帰ってこれない。
それに比べると、この空神様は何がしたいのかよくわからないし、普通にいい人である。
因みに空神様、万蔵に対して、「これからも辛い事とかあったらいつでも呼んでね☆」みたいなことまで言ったらしいのだ。
もしかして好きに……いやそれはないか。
とにかく、空神様はドラ○もんもびっくりの「空飛ぶダメ男放っておけない妖怪」のようである。