真の怪異は慣れれば普通?――小豆はかり
小豆はかり
小豆、と名前に付いてしまうと、どうしても小豆洗いの系統だと思ってしまいがち。
小豆はかりも確かに音を立てる妖怪ではあるが、出現場所が違うことと、音だけではなくポルターガイスト現象に似た性質もある妖怪である。
小豆はかりの名は、『怪談老の杖』(かいだんおいのつえ)に書かれているのだが、その記述の結びの部分がちょっと面白いのでついでで全部ざっと紹介したい。
おおまかな内容は――
麻布に住んでいたある士(さむらい)の屋敷には化け物が出るという。
主人も特にその事を隠す様子もなく、友人が化け物の事を聞くと
「そんなに大したもんでもない。ずっとこの屋敷に住んでいるから、もう慣れてしまって、屋敷の者も誰も怪しんだりしていない」
と言う。
試しに友人は見せてほしい、と言ったところ、「構いませんよ」と快諾してくれた。
物好きな友人は、主人の言う「一晩じゃでないかもしれない、五日ぐらい泊まって行けばまず間違いなく見れるでしょう」という言葉を信じ、何日も待つ覚悟でその屋敷に泊まった。
最初の晩、早速小豆はかりは現れてくれた。
天井に小豆を撒くような音が響き渡る。更に時間を追うごとにその音は変化していき、最期にはドバァっと小豆をぶちまけたような音にまでなった。
それだけではなく、今度は庭から下駄が石の上を歩く音が「からころ」と聞こえる。更に手水鉢から水を撒くような音、水道の水を止めたり出したりする音までもが聞こえた。
泊まっていた友人は大いに驚き、
「これは凄い。何かもっと恐いことは起きないのですか?」
と主人に聞いた。すると主人は、
「埃や紙くずが落ちてきたり、とかもありますが、特にこれ以上恐いようなことはありません」
と冷静に言った。
その後、その話を聞いた屋敷の主人の近しい者達が興味本位で屋敷を訪れ、皆が皆小豆はかりの怪異を見聞した。しかし主人の言う通り、慣れてしまえば怖くも面白くもなくなってしまった。
この屋敷の主人である士は、生涯妻を貰わずに過ごした。
もし女がいる屋敷であったのなら、尾ひれを付けて大いに言いふらすに決まっており、無数の人にこの化け物の事を知られてしまったかも知れない。
世に云う怪談と呼ばれる物の多くは、臆病な下女などが動物の尻尾を見間違えて早とちりし、言いふらしたものがほとんどであるが、この小豆はかりの怪だけは本当に如何なるものの仕業か解らない。
――というもの。
怪異だって慣れちゃえば怖くもなんともないです、と言っちゃう主人がまず面白い。そりゃそうなのだろう。ただ、肝が据わってないといつまでたっても恐い気もするが。
それと、結びの「女などによって尾ひれが付けられ言い触らされた類の怪談とは違う」と書かれているのも面白い。偏見も多分にあるとは思うが、そうそう、とも思ってしまう。
一例として、僕が職場で店長と会話していた際、「異動の多いこのシステムはどうなんですか? って上に言ってやったんだ」と店長が言っていた。それを僕がある主婦と話したのだが、次の日職場に行ってみると、全従業員の中で「店長はこの店に永遠に残りたいらしい」という情報にすり変わって拡散されていた。
僕が全員に事の経緯と、その話をした主婦の勘違いを正さない限り、すり変わってしまった情報の方が「真実」になってしまうのだ。てか今もなっている。
怪異!