妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

絵巻じゃないヨ「百鬼夜行」(ひゃっきやぎょう)

百鬼夜行

どうしても百鬼夜行と聞くと「絵巻」を思い浮かべてしまうが、ここで紹介するのは絵巻ではない百鬼夜行。
文字通り無数の鬼達が夜に闊歩する恐怖の妖怪(怪異)であり、様々な書にその逸話は書かれている。
ここでは『宇治拾遺物語』に書かれている百鬼夜行を紹介する。

ーーあるところに一人の修験者がいた。
ある日その修験者は摂津(大阪、兵庫の辺り)へと向かっていたが、山の中に来て日がくれてきてしまい、仕方なく山中の古寺「竜泉寺」で一夜を明かすことにした。
深夜。修験者は沢山の人の声のようなものを聞き、目を覚ました。なんだ? と思いつつ暗闇に目を向けると、松明を手に持った何かが百人ばかり、こちらの方へ向かってくる。しかも、さらによく見ると、その松明を持っているのは人ではなく、一つ目、三つ目、一本ヅノ、大きな牙、といった異様な風体の鬼達であった。
流石の修験者も腰を抜かして逃げるに逃げられず、ただ一心に不動の呪文を唱えた。
鬼達は修験者の元まで来ると、修験者の顔を松明で照らし、「なんだか今夜は俺達の場所に知らんやつがいる。今夜は外へ退いてもらおうか」と言い、修験者の襟首を掴んで堂の縁の下へ放り投げた。
鬼達はしばらく堂の中で盛り上がっていたが、明け方近くになるとそそくさとどこかへ消えてしまった。
縁の下で隠れていた修験者はようやく助かった、と思い頭を上げると、回りには何もない、ただの草の生えた野原に修験者はいた。
「あれ? 確か竜泉寺にいた筈なのに」
と、自分の状況が掴めない修験者は野原をとぼとぼと歩いていた。すると遠くから騎馬武者がやって来たので、慌てて追いかけて事情を話すと、
「何言ってんだあんた。ここは肥前(佐賀、長崎の辺り)だぞ」
と言われてしまった。
修験者はとてつもなく驚き、
「なるほど、鬼達に堂から少し放り投げられたと思ったが、実は摂津から肥前まで投げられてしまっていたんだ」
と悟った。そうして鬼達の凄さを改めて感じながら、急いで帰路に着いた。

ーーというお話。
日本の説話はこういう風に「大オチ」がしっかり付いているのが多くて楽しい。
そしてこの話の鬼達は、怖いけれども人間味があってまた楽しい。
『宇治拾遺物語』は平安、鎌倉時代の説話集。今とは異なり、鬼も妖怪ももっと身近にいた時代である。そんな時代だからこそ、こういうただ怖いだけではない鬼が書けたのかも知れない。
どこかでも書いたが、鬼の語源は姿のみえない、よくわからないモノとしての「隠(おぬ)」から来ている。
つまりその性質は元来妖怪と同じであり、後年に鬼から妖怪が大行進する「百鬼夜行」へと変わるのも自然なのである。というか意味合いは変わっていない、とも言える。


余談だが、百鬼夜行は「ひゃっきやこう」でも「ひゃっきやぎょう」でも間違いではない。
んが、ちょっと通ぶるなら「やぎょう」と読む方がいい。
だってなんとなく響きが恐くなるじゃん?