妖怪うぃき的妖怪図鑑

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大物之浦二霊平知盛海上に出現之図

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大物之浦二霊平知盛海上に出現之図
 
平清盛の四男である平知盛が、大物の浦にて亡霊となり義経や弁慶の前に立ちはだかっているこの絵。
すごく渋くてかっこいいので、僕はこの『新形三十六怪撰』の中でもかなり好きな絵。
そして、平知盛という人物がどういう人物であったかを知ればこの絵はさらに笑っちゃうほどかっこいい絵ーーになる。
 
先に書いたように、平知盛は清盛の四男である。しかし生まれながらに虚弱な体質であり、「あれが本当に清盛の子供?」と言われてしまうほどだったらしい。
その虚弱っぷりは折り紙付きで、鎧を着れば重みで骨折するし、戦に出ればほぼ必ず部下に担がれて帰って来たのだと言う。
しかし清盛の子だけあって武士としての精神力の強さは凄まじく、どの戦でも自ら進んで先陣を切って戦った。
病人であった知盛を制止した者もいたらしいが、「ならば死ぬ」と自刃しようとしたため誰も何も言えなくなったらしい。
武士の鑑と言うか空気読めないヤツというか……。
 
そんな知盛は、病がちだったせいか平家物語などにもあまり目立った活躍が書かれていない。
しかし平家滅亡の最後の戦となる「壇ノ浦の闘い」において、病弱虚弱な知盛は最後の意地とばかりに獅子奮迅し、死闘を繰り広げたという。
そして最後、追い詰められた知盛は、死んだ後に死体が海に浮かんできて恥ずかしい想いをしないよう、碇(いかり)を担いで海に飛び込み入水自殺した。
 
そんなダサかっこいい知盛が、大物の浦を船で通った義経と弁慶の前にひゅ~どろどろと現れたのがこの絵である。
勇ましく、かっこいい知盛。
しかし超病弱という情報を得てから見ると、どこか調子悪そうに見えてしまうのは気のせいか。
でもなんか憎めないのが知盛の最大の魅力であろう。