タッグを組んでぇ石見の牛鬼
石見の牛鬼(いわみのうしおに)
とかく凶悪で残忍という伝承で全国に伝わる「牛鬼」であるが、中でも島根県に伝わる石見の牛鬼はかなり知的な襲い方をしてくる恐ろしい妖怪である。
その凶悪な手口を紹介しよう。
さてあなたは釣りが大好きな男性である。
その夜もウキウキで釣りをすべく海岸へ向かい、糸を垂らせばまぁよく釣れる釣れる。こんな日は滅多にない、と魚籠一杯になるまで魚を釣りまくっていると、突然いつからいたものか、一人の女性が海の中から現れた。目を凝らせばその女性は赤ん坊を抱いているようだ。
女性はゆっくりとあなたに近づいて来ると、声を掛けてきた。
「もし、そこの人。私の赤ちゃんがお腹を空かせて泣いています。もしよければその魚籠の中の魚を一匹分けてはくれませんか?」
妖しい。物凄く怪しい。
しかし赤ちゃんは実際泣いているし、仕方ない、とあなたは魚を分けてやった。
すると赤ちゃんは生のまま魚をバリボリと平らげ、更に女性はもっとくれもっとくれと何度も言ってくる。
怖い。こいつは絶対ヤバイ奴。
もうドン引きしているあなたに構うことなく、今度は女性が
「よければ腰の刀もいただけませんか?」
と言ってきた。
刀? 喰うの?
もう恐怖で言われるがままになっていたあなたは刀をすぐに渡した。すると赤ちゃんは刀までをもバリバリと平らげてしまった。
トリックだ。いや、夢だ。これは悪夢に違いない。
「あの、もう僕帰っても――」
「最後のお願いです」
「え?」
「ちょっとの間だけ、この子を抱いていてはくれませんか?」
「は、はぁ……ちょっとなら……」
女性はあなたに赤ちゃんを抱かせると、スゥと海の方へと消えていってしまった。
すると直後――
グォォォォォという地響きのような音が鳴り響き、海から巨大な真っ黒いナニカが吠えながら飛び出してきた。
あなたは腰を抜かす寸前。すぐに逃げ出そうとするが――重い。
さっき抱かされた赤ちゃんが、石のように重い。いや、抱いていた筈の赤ちゃんは石に変わっている。しかも離れてくれない。放りたくともなぜか放れない。
あなたは石を抱えたまま息を切らして海岸を逃げる。ひたすら逃げる。背後からは真っ黒で巨大なナニカが迫ってくる。
ああもうだめだ……
そう思った瞬間、あなたの家に飾ってあった筈の一振りの刀が、矢のように空を飛んできて巨大なナニカに突き刺さった。
ナニカは激しく暴れた末に海に消え去り、あなたはなんとか逃げ切ることができたのだ。
その刀はその後代々丁重に扱われ、神聖な刀として祀られたのだという。
――これが、石見の牛鬼の手口である。
姑獲鳥のような特性を持つ女性を使い、動きを封じて食べにかかる。
いや、一旦女性は海に消えて、その直後牛鬼が出てきているので、女性が牛鬼だったとも考えられる。
なんにしろ、回りくどい。
さてこの牛鬼を妖怪方程式に当てはめて考えると、
(全国に伝承がある)×(回りくどい手口)×(他妖怪とのタッグ)=調べると超絶めんどくさい妖怪
という答えが導き出せるので深追いしないでおくが、島根あたりに旅行に行った際に釣りでもしてやけに大量に釣れちゃうようなことが起きたらとりあえず念仏唱えてすぐに逃げたほうがいいだろう。
おいてけぼりじゃないので別に魚を置いていく必要はない。