【鬼婆】おばあちゃんのおもひで【妖怪】
月岡芳年『奥州安達がはらひとつ屋の図』
いつも優しかったおばあちゃん。
私とおばあちゃんの思い出を綴ります。
安達ヶ原では、妊婦を待ち伏せして、切り裂いたお腹から赤ちゃんを取り出し、肝を抜いていましたね。
今でも包丁を研ぐ音を聞くと、おばあちゃんの妊婦を吊るした嬉しそうな顔が思い浮かびます。
黒塚ばあちゃん、なんてみんなから親しく呼ばれてたっけ。
そういえばおばあちゃん、本当に貧乏で、白粉をねだって歩き回ることもあったんだよね。
寒い冬でも、裸足で家々を尋ね回ってたっけ。おばあちゃんってほんとにたくましい!
昔はお姫様だったりもしたんだよね?
姫路城天守に隠れ住んでた時のお話、面白かったなぁ。
占いもできたんだっけ? おばあちゃんってほんとになんでもできちゃうんだね。
昔はモテモテだったおばあちゃん。刀鍛冶の旦那さんとの間のドロドロしたお話もよく聞いたよね。
確かあの時は、お客さんに刀代貰いに行った帰りに、おばあちゃんはオオカミに襲われて食い殺されちゃったんだよね。
あれ? でもおばあちゃん生きてたもん、そんなわけないよねぇ?
今でもそうだけど、あばあちゃんって歳を取ってもスタイルだけは最高に良いよね。
河原で若い女の人と間違われて声をかけられまくってた、っていう噂も納得できるもん。後姿だけだと、おばあちゃんって二十代にも見えるよ? お世辞じゃないんだよ?
私もおばあちゃんみたいに綺麗な女になる、ってずっと思ってたんだよ。
柳の木の下でもよく遊んでくれたよね。
だらぁ、って垂れた柳の枝が、細くて華奢なおばあちゃんのシルエットと重なってよく見失っちゃって一緒に笑ったね。でも夜に柳の木の下で見るおばあちゃんはちょっと怖かったかも……。
忘れもしないクリスマスの夜。
お母さんが買ってくれたケーキ、私が楽しみにしてたローソクの火を消す作業。
でもおばあちゃん、火を点ける度にすぐ自分で吹き消しちゃったね。
お母さんもお父さんも困ってたし、何回もおばあちゃんに「やめて」と言ったんだけれど、おばあちゃんは解ってくれなかったね。
私もあの日から、おばあちゃんが少しおかしくなっちゃったのを感じてたんだよ。
次第におばあちゃんはよく解らない行動をすることが増えてったんだよ。
おばあちゃんは覚えてないのかも知れないけれど……。
ある日おばあちゃん、首に蛇を巻いて散歩から帰って来たの、覚えてるかな。
恐かった。嬉しそうにするおばあちゃんが、怖かった。
そしておばあちゃんは遂に家の裏の庫裏に篭って出て来なくなっちゃったね。
毎晩何かを切ったり、食べたりする音が聞こえてきたけど、あの時は何を食べてたのかな?
――そしてあの夏の朝。おばあちゃんの冷たくなった体を触ったよ。
あんなに温かかったおばあちゃんが、こんなに冷たくなっちゃうなんて思わなかった。
死んじゃうなんて思わなかった。
でもね、最後は少しおかしくなっちゃってたおばあちゃんだけど、私は見たよ。
火になって、嬉しそうに飛び回るおばあちゃんを。
大好きなおばあちゃん。今まで本当にありがとう。
そしてこれからも、ありのままの、火のままのおばあちゃんで元気に飛び回っていてね。