妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

九尾の狐はインドにも 和漢百物語「華陽夫人(かようふじん)」

和漢百物語「華陽夫人」

 和漢百物語より「華陽夫人」

 

白面金毛九尾の狐といえば、日本で最も有名なのは玉藻前になると思う。

しかし古来親しまれてきた九尾の狐伝説は、実は三国に跨っている。

日本の玉藻前、中国の妲己、そしてインドの華陽夫人である。

共通しているのがどの国でも九尾の狐は美女に化けており、国を傾けさせるほどに愛人が惚れ込んでしまうという点。

日本では鳥羽上皇が玉ちゃんにハマり、中国では殷王朝最後の王である紂王(ちゅうおう)が妲己に夢中になり、インドでは班足太子(はんぞくたいし)が華陽夫人の虜。

なんとなく気付くとは思うが、インド、中国、日本の繋がりと言えば仏教である。

仏教が伝わるのと同時に、九尾の狐伝説がその時代の似たようなケースになぞらえて噂されるようになり、それぞれの国で一つの「伝説」として確立していったのではないかと思う。

ただ、後年になって三国に跨っていた九尾の狐伝説は「同じ狐による仕業」とされる動きもあり、それによれば流れは中国→インド→日本となっている。逃げては姿を変え、最後にはこの日本で退治されて殺生石となって「Fin」ということだ。

 

――話は逸れたが、とにかく華陽夫人。

もう芳年の絵を見るだけで、「よくわかんないけど悪い女」というのは感じることができる。

華陽夫人は色香を用いて班足太子を裏から操り、様々な悪政を行わせたらしい。

人を殺すことにもためらいなく、絵のように指を指して「あ、お前も死刑」みたいなことをやっていたのかも知れない。

しかしあまりの様子のおかしさに、正体が狐であることを耆婆(ぎば)という釈迦の弟子とも言われる伝説的名医に見破られ、狐に姿を変えて逃げて行ったのだという。

 

もちろん創作された部分がほとんどなのだろうが、それでも三国共に美女を恐ろし狐としちゃったのが興味深い。

絶世の美女は妬みの対象にもなるし、男を腑抜けにするのも容易であるのは間違いないのだから、国のトップの近くにいる美女をワルモノに仕立て上げた物語が作られてしまうのも仕方のないことだと思う。

人間が持つ根深い感情(ここでは妬み)というのはどの時代でも変わることはない。

例えば恋人の無い者が、自分の上司に、若くて物凄く美人な愛人がいることを知ったのなら、その上司が何かミスをする度に「あんな女にうつつを抜かしてるからだ」と思うのと同じように。

負の感情の持つ禍々しい力というのは本当に怖いものだ。