海女房(うみにょうぼう)
海女房
島根県は十六島(うっぷるい)。
ある漁師が友人に留守番を頼まれていた。いつものこと。慣れたもの。
その漁師はくつろぎながらうたた寝をしていた。
すると、窓から視線を感じる。何事かとチラリと目をやると、そこには怪しげな目が覗いていた。
漁師はふいに恐怖を感じ、すぐに部屋の押入れに隠れて息を殺した。
すると先ほどの目の正体と思われる誰かが入ってきた。
漁師はそうっと押入れを開けて覗き見る。
長い髪に女の顔。そして体は――鱗に覆われた魚。手には水かきも付いている。
あぁ、海女房か――と漁師は考えた。
いつものこと。慣れたもの。
ふと視線を移すと、海女房は腕に何かを抱えていた。
真っ青な顔をした、人間の赤ちゃん。誰の子だ?
助けるために飛び出そうかどうしようか思いあぐねていると、海女房は台所の隅に置いてあった魚の塩漬けの入った桶に近付き、赤ちゃんを抱いたまま大きな重石を軽々とのけて蓋を開けた。
次の瞬間、海女房は魚の塩漬けを豪快に掴んで食べ、さらに赤ちゃんにもかぶりついた。
凶悪な輝きを放つ恐ろしい歯。塩漬けと赤ちゃんとを、交互にムシャムシャ食べていく。
漁師はただただ恐ろしくて、固まったまま視線も外せなくなってしまった。
見たくもない。けれども、動けない。
赤ちゃんと塩漬けとを綺麗に平らげると、海女房はぐるりと家の中を見回した。
「さっきいた男はどこだ?」
漁師は大量の冷や汗を流しながら固まっている。
「食後の口直しに食べたかったのに」
海女房は口惜しそうにそう言うと、家をゆっくりと出て行った。
こんな女房はいやだ。