石川悪四郎……あれこの話どこかで……
石川悪四郎(いしかわあくしろう)
とにかくまずは読んでみてほしい。
芸州(広島)の話である。
五太夫という男が、三左衛門という男に妖怪を見に行かないか? と誘われた。
二人は妖怪が住むと云われる山へ向かい、様々な怪奇現象に遭いながらも頂上へ辿り着いた。
頂上の雰囲気も最高に不気味で、言いだしっぺの三左衛門が突然「よし帰ろう」と言い始めた。
五太夫は豪気な男だったので、「もう暗くて足元見えないし、俺ぁ夜が明けてから帰るよ」と言って三左衛門を先に帰し、自分は野宿することにした。
妖怪のメッカと言われる山の頂上だけあって、様々な怪異が五太夫を妨害し、睡眠不足でフラフラのまま五太夫は翌朝下山した。
すると、先に帰っていた三左衛門が高熱を出して寝込んでいた。
その日から、五太夫の家には妖怪がちょくちょく現れるようになったのだが、やはり豪気な五太夫は全く動じず毎回返り討ちにしていた。
一週間ほど妖怪撃退を繰り返していると、一人の僧がやってきた。
「いやはや、あなたはなんと豪胆な男だろう。私は石川悪四郎と言うあの山の妖怪の頭です。あなたのような人がいては敵わない。我らはあの山から去ることにします」
「いや待て。言われただけでは証拠にならん。なんかくれ」
「え……」
すると悪四郎はすぐに消えてしまったが、すぐに五太夫の家には謎の三尺ほどの大きさのねじ棒が投げ込まれた。
よくわからないが、その三尺ほどのねじ棒が証拠のつもりだったらしい。
――という話が『耳嚢』に書かれている。
ここでピンと来た方はかなりの通。
広島の、悪四郎――。
そう、『稲生物怪録』にそっくりな話なのだ。
『稲生物怪録(いのうもののけろく)』~平太郎が耐えた30日間の軌跡~ - 妖怪うぃき的妖怪図鑑
稲生物怪録では、妖怪の頭領は山本五郎左衛門(さんもと ごろうざえもん)。
主人公は五太夫ではなく稲生平太郎である。
で、山本さんが競い合っていたもう一人の妖怪が、神野悪五郎という妖怪。
オリジナルからマイナス1してこちらは悪四郎である。
広島県にはこの手の類話がいくつか伝わっており、細かな部分を除けば大筋は大体同じである。
これは、耳嚢作者が稲生物怪録を元にちょっと変えて作ったから――とか、単に勘違いして書いちゃったから――とかと諸説ある。
なんにせよ深い意味はなさそうである。
久々に稲生物怪録の記事を見返してみたら面白かったので、興味が沸いたら読んでみて欲しい。無敵平太郎さんの豪胆ぶりはちょっと真似できそうにない。