妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

妖怪絵師紹介・葛飾北斎(かつしかほくさい)

葛飾北斎(かつしかほくさい)  1760年〜1849年

 
 

北斎と聞けばほとんどの方はまず富士山やら荒波やらで有名な『富嶽三十六景』を思い浮かべるかと思う。

 

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『富嶽三十六景』より「神奈川沖浪裏』
 
↑は、ゴッホも賞賛したらしい。マジで。
日本のみならず世界的にも有名な画家となった北斎は、とにかくなんでも描いている。wikiを見ても「森羅万象を描いた」とすごい始まり方だったり。
そんな北斎が妖怪を描いていないわけがなく、(あくまでも仕事で描くことの方が多かったであろうから、いつだって人気な怪談、もののけの類を描いていないわけがない)この妖怪図鑑でも葛飾北斎の妖怪画をいくつか載せていきたいと思う。
 
そこでまずは北斎の知られざる真の姿を、簡単に書くので読んでみて欲しい。
 
 
ーー北斎は生まれた時から天才であったわけではなく、本格的に絵を学び始めたのは18歳の時。
物凄く貪欲だった北斎はあらゆる画風を学び、勝川春章の門下となってからも歌川国芳やら様々な絵師から学んだ(そのせいで後に破門されることになる)。
 
北斎は天才と言うよりは奇才だったのだろう。沢山の変人伝説が存在しており、どれを読んでも「この人とは友達にはなれないな」と思ってしまう。
 
例えば、家はゴミだらけであったとか、挨拶すらまともにしない無礼な人だったとか、引っ越し大好きで一日の内に三回も引っ越した事があるとか、金銭感覚が明らかにおかしく(というかお金の使い方をわかってないんじゃねぇか? っていうレベル)常に貧乏であったとか。
 
しかし絵に対する熱意だけは尋常ではなかった。
北斎が描いた絵は実に三万点以上。
誰よりも貪欲にあらゆる物を描き、あらゆる手法を学んだ。
そして北斎の基本的なスタンスは、「現実にあるものを精巧に描き写す」ことにあったようだ。
北斎は実に90年近く生きる長寿であったが、自らの画力を晩年でも「まだまだ」と言っていたらしい。
有名な『富嶽三十六景』に自らの絵の実力を予見する文を書いている。
「七十歳以前に描いた絵はてんで評価に値せず、七十三歳でようやく禽獣虫魚の骨格や草木の生え方を悟り、八十六歳にもなると画力はますます上達し、九十歳で奥義を極め、百歳になれば神妙に至る」
 
もし北斎が百年生きていればきっともっと凄い絵を描いてくれたに違いない。
 
 
そんな見習いたくなる向上心の塊、リアリスト北斎の生きているかのような妖怪達。気の向くままに向上心を持って載せていくので、どうぞよろしゅう。
 

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葛飾北斎自画像

 

北斎漫画一覧

百物語一覧

 

参考資料

北斎妖怪百景